
”聴こえない世界”をリアルに体感させる
ろう者の俳優の真摯な演技と斬新な映像

耳の不自由な女性アンヘラが“幸せ”をもたらすはずの、子どもを授かったことで生まれる苦悩と葛藤が描かれる。
身体に障害を持つというのはどういうことなのか。聴者とともに生きる、ろう者が抱く複雑な思いとリアルな感覚を見事に伝えた本作は観る者の心に痛切に迫り、第55回ベルリン映画祭で観客賞とアート・シネマ賞を受賞するなど、世界の映画祭で称賛された感動作だ。
陶芸工房で働くアンヘラ(ミリアム・ガルロ)は、彼女に優しく寄り添う夫のエクトルや、理解のある工房の仲間たち、家族ぐるみで付き合うろう者コミュニティの友人たちに囲まれて、穏やかに暮らしていた。そんななか、アンヘラの妊娠が分かる。
アンヘラとエクトルにとっては待望の第一子だったが、2人がまず考えたのは、子どもに耳の障害が遺伝しないかということ。医師からは「聴者とろう者になる確率は半々で、実際に生まれないと聴覚検査はできない」と言われる。
子どもが五体満足で産まれるかというのは誰にとっても一番の心配事だが、親に障害があるとさらに切実な問題になってしまうのは悲しい現実だ。それでも、「子どもを持つ」と決めた夫婦の大きな不安や緊張感は、アンヘラの思い詰めた表情や、夫婦が互いの考えを熱心に伝えあう手話のシーンなど、静けさの中からひしひしと伝わってくる。
リアと名付けられた女の子は聴者で、夫婦が安堵したのもつかの間、無邪気な赤ちゃんの行動や喃語を笑い合って楽しむ家族や夫の友人、リアが通い始めた保育所の子どもたちや親、先生、そして、声をかけなければ相手の存在を認められないリアなど、アンヘラは手話では入り込めない聴者たちの世界に疎外感を感じるようになる。
監督を務めるのは、新進気鋭のスペイン人監督エバ・リベルダ。アンヘラを演じるのは、監督の実妹で、ろう者のアーティストや俳優として活動するミリアム・ガルロ。実生活で母親になることになったミリアムの不安や期待について話し合った経験を基に、エバは18分の短編映画『Sorda(原題)』(’21年)を監督し、高い評価を受けた。
『Sorda』を長編映画化した本作では、リアを通して生まれた、聴者との新たな関わりがアンヘラを追い詰め、夫婦の気持ちがすれ違っていく過程を的確に描いたストーリーとともに、アンヘラが“なぜこんなに苦しむのか”を観る者に体感させるクライマックスシーンが素晴らしい。
クライマックスのラスト15分間の映像は、斬新な音響演出により、アンヘラの生きる“聴こえない世界”となる。ぴんと張り詰めた“無音”の世界に、補聴器を付けたことで聞こえてくる音が不快な音に変わってしまう。それでも、必死に聴者の世界になじもうとするアンヘラが意を決して取る行動が涙を誘う。
かわいい我が子との幸せを誠実に求めるアンヘラの葛藤と希望の物語を、情感豊かな表情と心の声のような手話で演じ切ったミリアム・ガルロの演技はとても見ごたえがある。
(ライター:能登春子)

5月1日より全国順次ロードショー
作品情報
2025年/スペイン/スペイン語・スペイン手話(LSE)/99分/ビスタ/配給:スターキャットアルバトロス・フィルム
公式サイト:https://shiawase-film.com/
