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『シンプル・アクシデント/偶然』


不当な国家権力に立ち向かうイランの巨匠監督の渾身作
負の連鎖”を生み出す人間の姿を描く社会派スリラー

ⓒ LesFilmsPelleas

今年2月、突如、アメリカが核保有をめぐりイランに軍事攻撃を行い、強権国家同士の争いが勃発。世界情勢に不穏な空気が立ち込めている。

ホルムズ海峡封鎖というイランの対抗手段が世界経済に大きな打撃を与え、全世界がイランの動向を見つめるなか、日本では、イラン国内の恐るべき内情に迫った話題作が公開される。


本作を手がけるイランの巨匠ジャファル・パナヒ監督は、独裁政権下のイランで反体制の意思を示したことにより、2度の投獄、海外渡航や映画製作の禁止など、イラン政府当局の度重なる弾圧を受けたが、過酷なイラン社会の現実を描いた映画を撮り続け、不屈の映像作家と呼ばれている。

すでに『チャドルと生きる』(’00年)でヴェネチア、『人生タクシー』(’15年)でベルリンの両国際映画祭で最高賞を獲得していたパナヒ監督は、本作で2025年に開催された第78回カンヌ国際映画祭で最高賞となるパルムドール賞を受賞。世界三大映画祭を制した史上4人目の映画監督となった。

イランのごく普通の国民が不当に逮捕され、拷問されているという異様な社会を、謎とスリルに満ちた復讐のドラマで伝えた本作は、イランの内情とともに、不条理な“負”の世界を形成する“人間の恐ろしさ”を知らしめる。


映画は、夫婦と幼い娘が乗る車が夜道を走っているシーンで幕を開ける。娘が無邪気にはしゃぐ車内は和やかなムードだった。そんなとき、運転手の夫(エブラヒム・アジシ)が野犬を轢いてしまう。それは“偶然の事故”として、夫は再び車を走らせるが、事故が原因で車が故障してしまい、偶然見つけた工房に修理を求めて立ち寄る。

すると、工房で働くワヒド(ワヒド・モバシェリ)が不審な動きを見せる。翌日、工房を出発した車を追ったワヒドは、夫を襲い、拉致すると砂漠へ向かう。そして、穴を掘り始め、その男を生き埋めにしようとする。

ワヒドは夫が義足を引きずる音を聞き、かつて不当逮捕されたワヒドに対し、執拗な拷問を加えたエグバルという看守に違いないと思い、復讐しようとするが、義足の男は「人違いだ」ともっともらしい理由を必死に訴える。実はエグバルの顔を見ていないワヒドは復讐心をいったん抑え、その男がエグバルなのか否か、投獄経験者たちに確かめてもらおうとするが……。


序盤の非情な展開に心底驚かされるが、映画が提示するのは、自分の人生を壊した憎むべき人間に偶然、出会った時、〈人はどうするのか〉という心理的かつ倫理的なテーマである。

ワヒド同様、不当逮捕され、義足の看守に苦しめられた過去を持つキャラクターたちが登場するが、誰もその看守の顔を知らない。それでも、目の前にいる拉致した男の生死をめぐり物騒な話し合いを続ける様子が、容赦のない残酷さと、とびきりの滑稽さを織り交ぜて描かれる。

単なる “偶然の事故”では済まされない人為的悲劇は、世界中に起こっている。人間同士が憎み、傷つけ合う“負の連鎖”は断ち切れるのか。パナヒ監督が出した答えが衝撃的だ。
(ライター:能登春子)

作品情報

2025年/フランス・イラン・ルクセンブルグ/ペルシャ語/103分/配給:セテラ・インターナショナル/協力:ユニフランス
公式サイト:https://simpleaccident.com/


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