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『ハムネット』


『ハムレット』に秘められた家族の愛と死
悲しみを癒す自然と芸術の力に圧倒される

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「生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ」。苦難に満ちた人生を進むうえでの究極の問いをストレートに投げかけたシェイクスピアの4大悲劇の一つ『ハムレット』は、彼が妻・アグネスとともに経験した悲しい出来事が創作のきっかけになったのではないだろうか。

聴いた者の心を揺さぶる、あまりにも有名なセリフを生み出し、シェイクスピア戯曲の中でも屈指の人気作となった『ハムレット』創作の背景に迫り、2020年の女性小説賞を受賞した女流作家マギー・オファーレル原作の同名小説を映画化。

監督は、3作目の長編映画監督作『ノマドランド』(’20年)が、第77回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞に輝き、第98回米アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演女優賞を受賞するなど、高い評価を受けたクロエ・ジャオ。

長編映画監督第5作となる本作も、2025年度の賞レースを席巻し、米アカデミー賞では作品賞、監督賞など8部門にノミネート。主人公のアグネスを全身全霊で演じたジェシー・バックリーが主演女優賞を獲得した。

わずか5作の長編映画で米アカデミー賞の常連となったジャオ監督の、類まれなる才能が生み出した厳かな人間ドラマは静かな感動を呼ぶ。


1580年、イギリスの小さな村で、子どもたちにラテン語を教えていたウィリアム(ウィル)・シェイクスピア(ポール・メスカル)は、鷹を自在に操る野性的な女性・アグネス(ジェシー・バックリー)に魅了される。神秘主義者の1人娘であり、自然の恵みを享受するアグネスは、村人たちから“森の魔女の娘”と噂され、快く思われていなかった。

しかし、2人は両家の反対を押し切り、結婚。長女スザンナ、双子の長男ハムネットと次女ジュディスの3人の子宝に恵まれたが、作家として成功を目指すウィルは単身ロンドンへ出稼ぎに行き、家族と離れて暮らす時間が多かった。ウィルが不在の間、3人の子どもたちとともに、つましくも幸せに暮らしていたアグネスだが……。


冒頭、森の中の大きな木の根元に体を丸めてまどろむアグネスが映し出される。木々の葉がきらめく、緑豊かな森の光景は穏やかな気持ちにしてくれる。

スピリチュアルな雰囲気が漂う物語の中心になるのは、自然の力を信じ、自然と共存して生きるアグネスの姿。スザンナを木に包まれて出産するという驚くべき行動をとったアグネスは、2回目の出産では義理の家族に止められ、家で産むことを余儀なくされたが、アグネスの命が危ぶまれるほどの難産となり、2番目に産まれたジュディスは病弱な体だった。

偉大なシェイクスピアの妻が、一見“不思議ちゃん”のような女性だったことは意外だが、アグネスは雄大な自然に宿る神の存在を信じているのだろう。だから神の力を得られず産まれた双子の兄妹は、やがて容赦ない神の導きで悲劇の主人公になってしまう。

家族に降りかかる悲劇は神がかり的な作術劇と子役を含めた俳優陣の渾身の演技で、本当に切なく、悲しいシーンになっている。原作者のオファーレルとジャオ監督が共同で練り上げた脚本は実に繊細で、深く心に沁み入る。

アグネスが悲しみに暮れる一方で、ウィルは悲しみを抱えながらもロンドンへ帰り、戯曲の制作を続ける。家族を顧みず夢を追うウィリアムに、アグネスは激しい怒りをぶつける。そんな夫婦にとって絶望的な状況のなかで、シェイクスピア自身の魂の叫びとして、かの名セリフが生まれ、『ハムレット』の舞台が誕生する。

クライマックスは野外劇場・グローブ座での『ハムレット』初演シーン。シェイクスピアが愛する家族の御霊(みたま)に捧げたかのような『ハムレット』の舞台が圧巻だ。舞台を一身に見つめるアグネスや300人の聴衆たちが何を感じ取ったのか。神々しい輝きを放つ『ハムレット』の舞台を大きなスクリーンでぜひ観てほしい。
(ライター:能登春子)

作品情報

2025年/イギリス/1.78:1/上映時間:126分/カラー/英語/5.1ch/配給:パルコ ユニバーサル映画
公式サイト:https://hamnet-movie.jp/


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